◆◇ 海流・気流 ◇◆
港湾空港タイムス 第1124号  2008/09/22


 個人の自由、自立がこれだけ声高に叫ばれる今の世の中では「村八分」などという言葉はもはや死語であろうか。しかし、未だ日本にはそうした風習、慣習は生きている。
 エスニックジョークは各国のお国ぶりの違いを笑いの種にしたジャンルであるが、そのひとつに「ある時、豪華客船が沈みそうになった。溺れる婦人を救助に飛び込まねばならない」。その時にどうするか。
アメリカ人は『飛び込めば、あなたは英雄です』。以下、イタリア人『飛び込めば、女性にモテます』、イギリス人『飛び込めば、紳士です』、ドイツ人『飛び込むのがルールです』、中国人『飛び込むとお金がもらえるか』、韓国人『船が沈むのは日本人のせいだ』、そして日本人は『みんな飛び込んでますよ』。いかにもお国ぶりがしのばれて微笑ましいが、これを聞けば日本人にとって、皆と同じ、ということが如何に重要なことか、ということがわかる。村八分、つまり仲間はずれ、疎外ということが重大な罪科、試練なのである。
 その村八分というのは、もともとは共同体に冠婚葬祭など十の付き合いがあることからきている、という。つまり、村八分というのはいかにも共同体からの除外であるが、それにも二分の例外を認めている。それは葬式と火事である。不逞の輩を種々の事情により仲間はずれにすることがあろうとも、死者が出た時、失火の際は例外として認めてやる、という恩情つきの追放令なのである。日本人にとって最も重い刑罰といってもよいような量刑にも但し書きをつける、情状酌量の余地を残してやる、という思いやり。これこそ日本のメンタリティであろう。
 それは弱肉強食の国際社会にあって時として「手ぬるい」との批判を受けることがあるかもしれぬが、やはり誇ってよい文化ではなかろうか。他の地にはその人の死後もそれに唾するためにだけ銅像を建立する国もある、というのに、である。



発行元:株式会社都市計画通信社
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