◆◇ 海流・気流 ◇◆
港湾空港タイムス 第1125号  2008/09/29


 舛添厚生労働相が、悪評高い後期高齢者医療制度の見直しを表明している。しかし、残念ながら筆者はあまり期待していない。限られた予算のなかで、今後も増え続ける高齢者の多くが満足できる医療制度など不可能だからである。また年金保険制度も同様だ。少子高齢化や税収の見通しを考えるとそもそも成り立たない構図になっている。来るべき総選挙でも、高齢者医療や年金は大きな争点になるだろうが、野党のようにその制度運用の巧拙を批判する前に、我々がわきまえておかなければならないことがある。
 まず、医療制度である。この制度は戦後、わが国が世界に先駆けて国民のだれもがタダ同然の低料金で医療を受けることを可能にし、それはそれで大成功だった。しかし、これは高度経済成長に裏打ちされた税収の安定が前提になっており、また今のように高齢者のだれもかれもが、高額で高度な医療を死亡するまで受け続けることなど想定していなかった。また年金も当初の狙いと大きく違ってきている。そもそも、年金というのは煙草銭、あるいは時たま孫に与える小遣い銭程度の楽しみを想定したものである。ところがいつの間にか、年金で老後の生活を支えるという大げさな役割にすり替わってしまった。老後の楽しみ程度のお金で、生活のベースを支えなければならないとなれば、行き詰るのが当たり前ではないか。
 こうした齟齬がなぜ生じたか。戦後、日本はそれまでの良質な秩序が米国指導によって解体され、家父長制度が追いやられ、個人の自立が良いこととして声高に叫ばれるようになった。もちろん、自由な発言、行動が享受できるひらけた国になりはしたが、一方で家族や地域の互助体制が失われた。老後もまた、本来その家族や近隣が支えあうものとされてきた自然な営みが崩壊し、老後に至っても莫大なお金のかかる国に変わってしまった。
してみると小手先の制度改革では抜本的な解決にはなりえない。国家百年の計に立ち返り、新たな理想に基づく建国精神の復活、教育制度の抜本的見直しから始めるより救国の道はない。



発行元:株式会社都市計画通信社
HP:http://www.cpna.co.jp

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