経済コーナー第1号


宇沢 弘文

同志社大学社会的共通資本研究センター長
東京大卒 経済学博士
東京大学名誉教授

★★ 【 比例的炭素税、最も有効 】世代間分配に配慮−途上国との調整が必要★★


 今世紀に入っての地球温暖化の一層の進展を深刻に受け止める必要がある。環境税(炭素税)の目的を改めて認識すべきだ。それは世代間の所得分配の公正に重要なかかわりをもつ。また、発展途上国との不公平を緩和するため、一人当たり国民所得に比例した税率でなければならない。

異常気象の深刻度増す
  21世紀に入って、地球温暖化の現象はますます、その深刻度を深めてきた。世界中のいたるとこことで起こりつつある異常気象は、さまざまな形で表れている。全世界的に降雨のパターンが大きく変わりつつある。
 大ざっぱにいって、これまで雨の少なかったところの降雨量がますます減少し、雨の多いところの降雨量がますます増大している。大洪水と大干ばつとが交互に起こり、数多くの生命が失われ、自然が破壊されている。世界各地の農業に、大きな、ときとして壊滅的な影響が出るのでないかと懸念されている。
 ハリケーン、サイクロン、台風も、これまでよりずっと頻繁に発生しつつあり、その強さとルートも大きく変わりつつある。また、世界各地の氷河が少しづつ溶けはじめている。なかでも深刻なのは、ヒマラヤの氷河が溶けはじめていることである。
 海水面の上昇も、一層高いペースで起こりつつある。特に南極の氷が溶け出し、ロス湾の奥にある棚氷が溶け出す危険も現実のものとなりつつある。
 海流の流れにも大きな変化が見られはじめ、世界の漁業に深刻な影響が現れつつある。大気のオゾン層が大きく破壊され始めるという深刻な現象も起きている。現在、起きつつある地球温暖化は人類はじまって以来の地球環境の激変をもたらしている。
 地球温暖化は、先進工業諸国の経済活動、特に工業的生産の過程を通じて、二酸化炭素、その他の温暖化ガスを大気中に排出することによって引き起こされるのが主な原因であるが、さらには熱帯雨林の伐採を中心とする陸上植物圏の破壊も地球温暖化の原因となっている。
 このように、地球温暖化の原因は主として先進工業諸国の経済活動にあるが、その被害は専ら、発展途上諸国が背負わなければならない。地球温暖化はまた、現在の世代の経済活動によって引き起こされ、その被害は専ら、将来の世代が被る。地球温暖化の問題はこのように国際間の公正にかかわるとともに、世代間の公正とも重要なかかわりをもつ。
税率は国民所得に比例
  地球温暖化を制止するのに最も効果的な手段は、いうまでもなく炭素税の制度である。炭素税は二酸化炭素の排出に対して、炭素含有量1ォ当たり何円という形で課税しようというものである。このとき、企業も個人もさまざまな経済行動をおこなうとき、炭素税の支払いがいくらになるのかということを絶えず計算に入れて選択することになり、結果として二酸化炭素の全排出量を抑制して、大気の均衡を回復することができる。
 炭素税の制度を世界で最初に本格的に導入したのはスウェーデンである。1991年1月のことであるが、平均して1ォ当たり150ウという高率な炭素税であった。地球温暖化を効果的に防ぐには、スウェーデンなみの炭素税を採用しなければならないと考えられている。しかし1ォ当たり150ウという炭素税は、発展途上諸国に対してあまりにも大きなダメージを与える。この点にも配慮したのが、比例的炭素税の考え方である。
 地球温暖化をはじめとする地球環境問題を、実質的所得分配の世代間の不平等性という観点から分析し、世代間を通じて公正な消費と資本蓄積の時間的経路が、どのような制度的ないしは政策的な条件のもとで実現するかを考察しようとするとき、大気をはじめとする自然環境の帰属価格が重要となる。
 帰属価格の考え方は大気中の二酸化炭素の濃度を安定させ、地球温暖化の問題を解決するための政策的ないしは制度的手段を与えるものともなっている。
 各時点における大気中の二酸化炭素の帰属価格は、その時点における大気中の二酸化炭素が限界的に1ォ増加したとき、それによって引き起こされる地球温暖化によって将来のすべての世代がどれだけ被害を受けるかを推計し、その限界的被害を適当な社会的割引率で割り引いた割引現在価値によって表す。
 このようにして、大気中の二酸化炭素の帰属価格を求めるためには、将来の世代が、地球温暖化によってどれだけの損失をこうむるかを推計するという作業をともなう。その計測は理論的にも、現実的にも不可能に近い。しかし、持続的経済発展の下における自然環境の帰属価格は、適当な理論前提を想定すれば、現実に計測することが可能となる。
 持続的経済発展は、一般に各時点での資源配分が効率的に行われ、消費と資本蓄積の時間的経路が世代間を通じて公正であるときに実現する。完全競争的な市場制度の条件の下では、自然環境の各種類について、その帰属価格が時間を通じて一定の水準に保たれているときに実現する。
 このとき、各種類の自然環境について、その帰属価格は、1人当たりの国民所得に比例することが示される。もちろん、この命題が成立するためには、生産活動と自然環境との間に存在する関係について、ある一定の前提条件が満たされなければならない。
 完全競争的な市場制度の条件の下で、帰属価格の定常性を実現するために、もっとも効果的な政策的手段が比例的環境税の制度である。
 比例的環境税というのは、自然環境の各種類について、その破損ないしは減耗を伴う経済行為に対して、自然環境一単位当たり、帰属価格に見合う額を環境税として賦課するものである。帰属価格が1人当たりの国民所得に比例するので、比例的環境税と呼ばれる。
 地球温暖化にかかわる帰属価格は、大気中の二酸化炭素の中に含まれている炭素1ォ当たり何円という形で表示されるので、その場合、環境税は炭素税と呼ばれる。比例的炭素税について、その税率は1人当たりの国民所得に比例する。その比例係数は、地球温暖化にともなう被害に対して人々がどの程度深刻に受け止めているかに依存する。一般に各国共通の大きさをもつと考えてもよい。

国際基金で公平を図れ
  非常に単純化された状況を想定して、この比例係数が0.01であるとしよう。このとき比例的炭素税名、二酸化炭素の排出1ォ当たり、日本、アメリカの場合、320ウであるが、インドネシアでは6ウ、フィリピンでは11ウとなる。1人当たりの比例的炭素税額は、日本は770ウ、アメリカは1,700ウであるが、インドネシア2ウ、フィリピン3ウとなる。
 比例的炭素税の下では、森林の育林に対しては、吸収される二酸化炭素の量に応じて補助金が交付される。森林1ィ当たりの補助金は日本、アメリカは、32,000ウ、インドネシア1,800ウ、フィリピン3,200ウとなる。
 比例的炭素税の制度は、地球大気の安定化に役立つだけでなく、先進工業所国と発展途上諸国との間の不公平を緩和するという点でも、ある程度効果的である。しかし、炭素税自体が、発展途上諸国の経済発展をさまたげるものであって、比例的炭素税の制度をとっても南北問題に対して有効な解決策とはなり得ない。
 その解決策のひとつが、大気安定化国際基金である。基金は、地球温暖化を効果的に防ぐとともに、先進工業所国と発展途上諸国の間の経済的格差をなくすことを主たる目的とする。
 各国の政府は、比例的炭素税からの収入から育林に対する補助金を差し引いた額のある一定割合を大気安定化国際基金に拠出し、発展途上諸国に対して、各国の人口、1人当たりの国民所得に応じて配分する。それぞれの発展途上国は、その配分額を、熱帯雨林の保全、農村の維持、代替的なエネルギー資源の開発などという地球環境を守るために使うことを原則とするのである。