経済コーナー第3

山本 達也

日本政策投資銀行調査役



★★【工業用地再生 米国の教訓】★★

 日京浜臨海部など都市の工業用地の再生が大きな課題になってきた。都市的用途への転用規制の緩和が進みつつあるが、土壌汚染対策法の施行により浄化費用が開発の経済性を低下させる可能性がある。20年前に同じ事態に直面した米国の経験に学べば、地方自治体の役割が重要だ。

土壌汚染対策法施行で新局面に
 
東京湾、大阪湾など臨海部の工業地帯、あるいは市街地・近郊の工業用地は長年、工業生産を通じて日本経済を支えてきた。しかし、最近は国際競争力の低下などから、廃業する工場も少なくない。その跡地は都市再生の重要なタネ地として利用の促進が望まれるが、民間投資意欲の冷え込み、土地利用規制の硬直性などから開発が進まない状況にある。
いま、工業地域における開発の前提条件が大きく変わろうとしている。都市再生の動きの中で、都市的な土地利用を可能にする規制緩和が図られつつある一方、今年2月の土壌汚染対策法施行に伴い浄化費用が開発の経済性を著しく低下させる恐れがでてきた。この問題に対応して新しい開発手法の導入が必要な時期に来ている。
 環境修復問題は先進国として避けられない政策課題である。これに正面から取り組める法制度ができたこと自体は社会的に望ましい。しかし、土壌汚染の責任当事者が浄化業務を負う原理を徹底させようとしても、経済合理的な行動をする民間企業は、土壌汚染対策費というハンディを負った場所での投資行動を避けるか、土地を現状のまま封じ込める行動をとる恐れがある。
 汚染責任を厳格に追及する法制度を前提に民間企業がリスク回避的な行動をとれば、土地取引により汚染が発覚して責任を問われる可能性が少しでもある場合や、浄化費用・期間の予測が困難である場合、工場跡地を売らず触らずに放置しておく方が無難で経済合理的に「最適」な解だと企業が判断するがい然性が高いからだ。そうなると、結果的に環境は修復されず地域も再生されないというジレンマに陥りかねない。
 これは杞憂(きゆう)ではない。日本に20年以上先駆けて土壌汚染対策を法制化した米国で、実際に起こった事態である。
米国では1980年に土壌汚染に関する世界初の法律であるスーパーファンド法を制定した。しかし、最初の十数年間は汚染除去が進まず、工業都市では「ブラウンフィールド」と呼ばれる、汚染が原因で再利用が進まない低未利用地が問題となった。
 日本の土壌汚染対策法も、汚染原因者責任を厳しく問う内容となっており、米国同様のジレンマに陥る恐れがある。ところが、その場合のジレンマを解消する改善策はまったく用意されていない。


行政が「自発的修復」促す制度
 
実は米国では十数年間の停滞期の後、行政が思い切ったリスクテーク策を講じることにより、汚染当事者の責任を追及する法体系を維持しながら、そのジレンマを解消してきた経緯がある。
 その際、ブラウンフィールド開発による能動的な環境修復を重視することを表明した連邦政府の政策転換、そして、地域再生に向けて大きく踏み込んだ手を打ち出した地方自治体(州や郡・市など)の意識改革が大きな効果を持った。後発の日本が参考にすべき点は、この改善策である。
米国の政治システムでは、連邦政府が全米レベルでの政策の方向性を定め、地方自治体に資金供給を行う。実際の政策遂行は、環境政策であれば州が、地域開発であれば郡、市などが担っているといってよい。
 実際、ブラウンフィールド開発における州の役割は大きい。連邦環境保護庁が推定したブラウンフィールドの数は全米で少なくとも50万程度だが、そのうち連邦が直接浄化を行うのは千数百にすぎず、ほとんどが州の規制下で浄化を進めている。
地方自治体の政策の中で効果が最も大きかったのは、90年代半ばごろから各州が相次いで設けた「自発的修復制度」である。これは、民間企業が汚染地の浄化を行いやすい環境を行政が整える仕組みである。
 この制度の特徴は、次の通りだ。第一に、浄化基準についてリスクベース(事故の発生確率)の考え方を導入して、汚染の種類と物件の最終的用途に見合った達成度を具体的に定め、開示したこと。第二に、浄化基準達成の事実を証明する法的文書(ノー・ファーザー・アクション・レター=継続措置免除文書)を発行すること。
 第三に、万が一、汚染が発覚した場合も土地所有者に修復義務を負わせないことを明らかにする法的文書(コベナント・ノット・トゥー・スー=不訴訟誓約書)を発行すること。第四に汚染調査・浄化費用への補助金や低利融資を用意したこと、である。
汚染地の開発に携わる民間企業にとって、この制度は次のようなメリットがあり、参入の動機付けとなっている。
第一に、現在、どのようなリスクが内在するかを特定し、将来のリスクも予見した上でリスクを適切に管理する体制を組むことが可能になる。
第二に、経済的インセンティブ(誘因)により、経済ベースにのる物件の開発が容易になる。
第三に、段階的に何をすればよいかについての標準的な浄化手続きが確立したため、開発期間の見通しを立て、各段階の進ちょくを適切に管理できるようになる。
 自発的修復制度は、スーパーファンド法を補完するものとして、責任追及の範囲が広く、浄化レベルについて明確な達成目標が示されていないことに起因する問題点を解決している。
 根底にあるのは、経済合理性を重視し、民間企業の収益環境を整え、将来の不確実性を除去する措置を講ずるという発想であり、土壌汚染地域への投資を動機付ける試みといえる。
 ただし、行政は、販売価格を上回る浄化費用が必要になる物件にまで経済的インセンティブを与える必要はない。物件のレベルを選別して効率的に資金を投下することも環境修復を成功裏に進めるために忘れてはならない点である。
さらに、浄化費用が巨額で民間企業の自発的修復が期待できない物件の場合でも、もし、開発に高い公共性を認めるのであれば、行政がよりリスクをとる方法もある。
 一定の要件のもと、当該地を公的な再開発地域であると指定した上で、都市開発公社などのエージェンシー(独立行政法人)が「TIF免税債」を発行して所要資金を調達、土地の強制収用を行い汚染除去を進めるところまで踏み込んだ例もある。(TIFとは再開発効果による将来の税収増加分を担保に初期時点で事業資金を確保するファイナンス手法。免税債は投資家の意欲を高めるため利息収入を非課税とする債券。いずれも米国で広く利用されている)
 この土地が先述の不訴訟誓約書付きで民間に売却され投資を促し、結果として税収と雇用の大幅な増加を達成している。


制度輸入だけでは解決せず
 ブラウンフィールドの再生は、土壌汚染の浄化に要する技術的な対応だけで可能になる性質の問題ではない。コミュニティとの対話、地域ビジョンの作成、民間のエンドニーズを同ビジョンに取り入れる仕組み、首尾一貫した遂行体制の構築などが求められている。トレードオフ(両立しない関係)になりがちな環境修復と地域再生を両立できる行政主体は、切迫する現場を抱える地方自治体しかない。
 この点は特に、東京、大阪などの臨海工業地帯については重要である。米国の経験を日本に適用しようとする場合、土壌汚染地域の開発特有の問題を重視することは当然だが、土壌汚染対策は工業地帯再生の検討課題のワン・オブ・ゼムにすぎないからである。
 また、日米の地方自治体がおかれている立場の差にも留意する必要がある。米国では確立されている地域のビジョンの実効性確保、エージェンシーの活用など地域開発の基礎的な政策遂行手段について、日本では蓄積がほとんどないことを直視しなければならない。出来合いの制度を輸入すれば問題解決とはいかない。
 行政、特に地方自治体の役割は非常に大きい。法制度や財政事情の制約がある中で、リーダーシップを発揮するのは難しいが、自らの役割を自覚し、効率的な政策遂行手段を採用することが望まれる。