経済コーナー第5



★★【安全と自由のジレンマに挑む】★★

9.11テロから・・・・・
 9.11テロからイラク戦争、新型肺炎、カルト(宗教組織)の異常行動など日常生活への脅威が広がる中で、安全(セキュリティー)への関心が高まっている。「安全学」確立が唱えられる一方、安全を最優先とした監視社会化が進むことによって人間の自由はどうなるのか、学術・思想界の発言も活発になってきた。
文芸春秋6月号は「『安全大国』日本の不安」と題し緊急特集を行った。北朝鮮のノドン・ミサイル、バイオテロ、悪化する治安など多方面の脅威を取り上げ、「今、我々の安全が脅かされている」と危機意識の覚醒を訴えた.

「安全学」の提唱
 現代社会を脅かす危機は原発事故、新型感染症、自然災害など多岐に渡る。日本でも阪神大震災、オウム真理教事件、東海村臨界事故、外国人犯罪の急増などから安全神話が崩れた。こうした状況を踏まえ、『安全学の現在』を今春刊行した村上陽一郎 国際基督教大学大学院教授は「安全学」の確立を呼び掛けてきた。
原子力や医療など個別の事故に対し科学的に最大限の危機管理努力をするのは当然で、安全工学の役割である。村上氏の問題意識は、こうした安全工学の領域と、固有の文化、歴史によって形成された生命観や社会にとって何が危機なのかという観念とを擦り合わせ、整合性を図る必要があると考える点にある。
その結果「人々の不安に根拠がないと証明されたり、専門家が気づかない問題点が見つかる可能性もある」と村上氏は語る。このため心理学、文化人類学など人文科学系の学問の成果を幅広く結集し、総合的な枠組みとしての「安全学」を構築することを提唱する。

進む監視社会 
 「安全学」が市民権を得るための第一歩として、同大大学院の研究教育プログラム「平和・安全・共生」を開設、アジア圏の研究者をつなぐ拠点作りを進める計画だ。
安全への世界的な関心を高めた象徴的事件が、9.11テロだった。「これは文明の衝突というよりも、文明内の衝突、米国社会の内部に深く侵入していた『内なる敵』の存在をクローズアップした」と社会学者、大沢真幸 京都大学大学院助教授は指摘する。
米議会は包括的なテロ対策法を可決、インターネット上の通信を傍受する権限を捜査当局に認めるなど、監視強化に向かっている。「冷戦終結後、多文化社会を作るのが目標とされながら、隣人への過剰な恐怖感が広がり、安全な人間しか許容しない同質的な島宇宙が生まれている」と大沢氏は語る。

新しい権力出現
 「監視社会化」は世界的にみても急速に進行している。昨年末封切られた映画「マイノリティ・リポート」は、殺人を犯す前に殺人犯を捕まえる2054年の捜査官が主人公で、超監視社会の到来を予感させた。映画では網膜IDで個人の認証を行っていたが、虹彩など固有の特徴で個人を識別するバイオメトリクス(生体情報)技術は実用化段階に入っている。
日本でもニコンの子会社ニコンシステムが昨年、空港や駅などの雑踏から怪しい人物を探し出す「顔監視システム」の開発を発表、問い合わせが相次いでいるという。身の回りにも監視カメラが急増。カメラと警察への緊急通報装置を備えたスーパー防犯灯の導入も全国に広がっている。
「強い安全志向と高度に情報化した社会では、環境管理型権力と呼べる新しい権力が出現している」。こう指摘するのは批評家の東浩紀氏だ。
「環境管理型」とは、環境をデザインすることで人間の行動を管理する方式。例えばファストフード店でお客が長く居座らないよう硬いイスを置くとか、速度違反防止のため道路に凹凸をつくるなど。こうした物理的規制のほか、プログラムの設定によってネットワークにアクセスできる人を決定するなど、情報技術面での管理も可能だ。

【出典:7/5日本経済新聞】