経済コーナー第8




★★【領土拡大、大陸棚争奪戦の幕開け!】★★

 日本の“領土”が1.7倍増?そんなマサカの話が現実味を帯びてきた。その領土は、海面下の大陸棚。鉱物資源の宝庫とあって日本だけでなく世界をあげて争奪戦に突入しようとしている。熱い戦争と違ってこちらは頭脳戦。武器は詳細なデータと外交力である。


 
不況下には珍しく夢のある話というわけか、この大陸棚延長作戦は、にわかに国家プロジェクトとして注目され始めている。
 「海底何千。から掘り出すとなるとコストが膨大で、近い将来の商業開発は無理」との資源エネルギー庁の声や「あまり騒ぐと中国、韓国はじめアジア諸国を刺激する」と外務省は心配する。投じた費用に見合うだけの宝を引き揚げられるかどうか分からないのだが、政府は熱い。学者など専門家で構成する大陸棚調査評価・助言会議を急きょ設置。「関係省庁はもちろん、研究者、民間企業を含めた総力戦で戦う」(内閣官房の加藤由起夫参事官)とヒートアップする。
 大陸棚問題は複雑だ。海を巡っては「海洋の支配」と「海洋の自由」というふたつの考え方が対立してきた。1945年、時の米国大統領、トルーマンが「わが国沿岸に接続する公海の大陸棚資源は米国に属する」と突然宣言、「海洋の支配」に走り出したことから、大陸棚は一気に注目を集めるようになった。
 大陸棚条約が58年に採択されたものの、「水深200。までの海底」と定義も大ざっぱ。また、200。を超えても開発可能なら延長できるとされ、沿岸国の権利が無制限に拡大されかねない内容だった。
 このため82年、新たに採択されたのが国連海洋法条約(発効は94年)。大陸棚は200カイリ(1カイリ=1852。)までと規定したうえで、沿岸国の領土の自然な延長として、大陸縁辺部まで大陸棚概念を拡大した。沿岸国に配慮したわけである。半面、大陸棚の区切りが明確になったことで、沿岸国が管轄できる大陸棚と、国際的に管理される深海底との「二元的構造」が実現することになった。


南鳥島周辺など6ヵ所に可能性

 
沿岸国は色めきたった。条約発効後10年以内に、国連大陸棚限界委員会にデータを提出して、地殻の構造が本土と連続していると認められれば、最大350カイリまでの大陸棚を延長できるというのだから当然だ。
 ところが難題が浮上してきた。各国の調査の過程で、大陸棚の延長部分の基準となる「大陸斜面脚部」が簡単に特定できるものではないことがわかったのだ。99年5月、大陸棚委員会は新たに科学的技術的ガイドラインを作成。同時に「発効後10年」の起算点を94年から99年に変更した。ここから各国とも2009年に向け調査に本腰を入れ始めた。これが大陸棚戦争の背景である。
 島が多く、広範囲の経済水域を有する日本は早くから動いた。海上保安庁が条約採択の翌83年から大型測量船「拓洋」「昭洋」を投入して当該海域の地形、地質、地磁気などを調べてきた。
 さて、どこが新たに日本の“領土”となるのか。竹島、尖閣諸島など領土問題を抱える西方などは7カ国・地域との中間線(二国間の領海基線から等距離となるライン)で行き止まり。可能性として沖ノ鳥島、南鳥島周辺など6ヵ所、合計で現在の国土の1.7倍にあたる65万平方「。が新たに日本の大陸棚になりそうなことがわかった。
 これが認められると他国の干渉を受けずに海底のエビ、カニ、貝など定着性生物の捕獲、海底下の鉱物資源を探査、開発できるようになる。
 ところで、本当に宝は埋まっているのか。海洋地質学が専門の平 朝彦・日本地質学会会長の答えは明確だ。「伊豆・小笠原列島の海底には相当の量の熱水鉱床がある。狙い目は金。酸化したマンガン、ニッケル、ゴバルトを含む鉱床も広範囲に存在する」


ロシア申請は事実上の却下

 
それだけではない。バイオ資源や深海生物も魅力だ。人工甘味料や化粧品材料を生成する細菌が生息しているし、海底の枕状溶岩のすき間に温暖化の原因となる二酸化炭素を液化して注入、メタン生成細菌というバクテリアでこれをメタンに変え、回収する研究も進んでいる。
 大陸棚委員会の判断基準がはっきりせず、各国が慎重な姿勢を崩さない中で、注目されたのが申請第一号となったロシアのケースだ。2001年末の申請で、対象は北極海3、オホーツク海、ベーリング海、バレンツ海が各1ヵ所で、合計6ヵ所。
 直ちにカナダ、デンマークが「わが国との海洋境界線を侵害しないように」とけん制した。日本にとっても他人事ではなかった。驚いたことにロシア申請では200カイリ線自体、襟裳岬付近まで出張り、大陸棚も北方領土から350カイリ以内にまで延長してきたからだ。
 当然、政府は委員会に日本の立場を訴えた。そんな政治的駆け引きの後、出された委員長報告は「結果が出せなかった」。事実上の却下である。勧告の詳しい内容は非公開だが、昨秋の国連総会の事務総長報告によると「バレンツ海ではノルウェーとの、ベーリング海では米国との海洋境界の合意が必要。オホーツク海の南半分については日本と調整の努力をすべし」となっている。
 海上保安庁・大陸棚調査室の谷 伸室長は「北極海はロモノソフ、メンデレーフ両海嶺(かいれい)沿いに北極点まで申請したが、海嶺の連続性を示すデータが足りず、地質学的に疑義ありとされた」と解釈する。「細かいデータはもちろん持っている。しかし、軍事機密に属するので出せない」というのがロシア側の立場のようだ。極点を挟んだ攻防の裏に、実は米国の強烈な圧力があったともいう。



連携弱い官庁 外交力に課題

 
ロシアの申請は日本に2つの教訓を残した。ち密なデータと各国の国益がからむ場合の外交の重要性だ。これをどうこなすか。例えばルール作りの過程でも「特定しにくい」と問題になった大陸斜面脚部を見つけるには大陸性と海洋性、両地殻の境の精査が必要。エアガンと呼ばれる高圧空気タンクから発射した音波の屈折具合を海底の地震計で記録し、解析する屈折法という調査だ。
 海陸の地核の境を見極めたうえで、さらに海底ボーリングで大陸性地殻がそこまで連続していることを証明しなければならない。ロシア以上にデータをそろえるため屈折法調査では地震計の数を当初計画に比べ20倍にする。ボーリングも16ヵ所から259ヵ所に増やす計画だが、生易しいことではない。今年度の海保の調査費は2億円だが、これでは100年かかる。民間委託だと、2009年に間に合わせるには1,000億円の資金が必要だという。
 データだけでは不十分との指摘もある。平会長は「太平洋は特殊で、理路整然として説得力のあるストーリー作りが不可欠」と語る。「国連のガイドラインは大西洋の地形を念頭に置いている。太平洋はまったく違う。日本としては、自分たちでデータを集めて周辺海域の特性をつかみ、ここが大陸棚だという独自の考え方を出していかねばならない。」
 もうひとつ大事なのは外交の力。国家の海洋戦略を考える役所がない。外務省には海洋室があるが、海保など他省庁との連携が弱い。内閣か外務省に大陸棚問題に特化したチームが欲しい。
 ロシアは年内にも再申請してこよう。アルゼンチン、インドは既に調査を終えている。豪、ニュージーランド、ノルウェーも3年後には申請の構えだ。さて、日本。とりあえず来年度予算で100億円強の調査費を投入、実証的かつ効率的な調査のあり方を探る。