経済コーナー第11

レスター・ブラウン

米地球政策研究所理事長



★★【食糧危機と気温上昇】★★

 今年の世界全体の穀物収穫量は消費量を9千3百万トンも下回り、穀物備蓄量は過去30年間で最低の水準に落ち込んでいる。気候の温暖化と地下水面の低下が、生産を拡大しようとする農民達の努力を阻害し、小麦と米の価格は上昇に転じている。
 2000年以降、穀物の収穫量が消費量に満たない年が続いている。これは前例のない事態である。不足分は、2000年には1千6百万トンという控えめなものだったが、2001年には2千7百万トンに増え、2002年には9千6百万トンという記録的な数字を示した。9月11日に米農務省が発表した作況報告の需給見通しによると、今年の収穫量は推定消費量19億1千百万トンを大きく下回る18億1千8百万トンに縮小し、昨年の記録的数字に近い9千3百万トンが不足することになる。
 農業問題の指導者たちは、いまや天に祈りながら来年の作柄を今年のように大きな不足分が2004年にも再び生じれば、来年の今頃には世界の穀物市場が大混乱に陥り、百を超える穀物輸入国は、わずかな量の輸出可能な供給食糧を求めて、先を争うことになりかねない。
 食糧生産を拡大しようとする農民の努力を邪魔しているのは、気温の上昇である。地球の平均気温は、1970年代の後半以降、上昇を続けているが、最も高い温度を記録した3つの年はこの5年間に集中している。
 気温が上がり続ければ、収穫は減り始める。昨年、インドと米国は、記録的な高温と干ばつによって、急激な収穫量の低下に見舞われた。今年は欧州だが、気温上昇で打撃を被った。西は英国やフランスから、東はウクライナに至るまで、夏の終わりの記録的な熱暑によって、作物が干上がってしまった。欧州地域の幾つかの国々では、パンの価格が上昇しつつある。
 何年間かにわたり、高温によって作物が衰弱するさまを目の当たりにして、いまや科学者たちの関心は、気温が作物の収穫量に与える影響を正確に把握することに集まり始めている。国際稲研究所(IRRI)と米農務省農業研究局の作物生態学者たちの新しい研究が示すところによれば、成長期の気温が適正温度よりも1度高くなるごとに、穀物収穫量は10%低下することが、科学者の間で総意となりつつある。
 一体地球の気温はどこまで上がるのだろう。世界中の約千5百人の指導的な気候科学者が参加する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は炭素排出量が増加を続くれば5.8度上昇すると予測している。いまやこの地上の農民たちは、農業が始まって以来、いかなる世代も経験したことがないような高温に直面している。

穀倉地帯に危機

 先に示した収穫見通しの数字は地球全体の平均値だが、今後の気温上昇は、地域によって均一ではない。海上よりも陸上の方が、赤道地域よりも高緯度地域の方が、そして沿岸地帯よりも内陸部の方が、気温の上昇ははるかに大きくなると予測されている。最も気温の上昇が見込まれる高緯度の大陸内陸部と言えば、まず符合するのが北米大陸の穀倉地帯である。つまり、グレートプレーンズと呼ばれる米国とカナダの小麦生産地域と、コーンベルトと呼ばれる米国のトウモロコシ生産地帯である。
 現在の農民世代はまた、地下の帯水層の大規模な枯渇に直面する最初の世代でもある。枯渇の一因は、ディーゼルや電力による強力な揚水ポンプだが、それらが広く使用できるようになったのは、過去数十年間のことに過ぎない。三大穀物生産国として、全世界の穀物生産量の半分近くを占める中国とインドと米国は、将来水不足の影響を被る恐れがあると見られている。
 中国では、小麦の半分とトウモロコシの三分の一を生産する華北平野の地下水面が、毎年3メートルもの割合で低下している。中国も水事情に関する世界銀行の評価報告の一つは「間接的な証拠によれば、北京周辺の深井戸は、いまや新鮮な水をくむために千メートルも掘らなければならず、それが水の供給コストを劇的に高めている」と述べている。そして、世銀報告書としては異例の強い表現で、水の使用と供給のバランスが早急に回復されなければ、「将来の世代に破局的な結果」をもたらすと警告している。
 インドでは、ほとんど全土にわたって地下水面が低下しつつある。その結果、毎年、何千もの井戸が干上がっている。米国でも、米農務省の報告によれば、テキサス州とオクラホマ州とカンザス州の一部で既に地下水面が30メートル以上も低下している。それよりさらに逼迫しているのが、カリフォルニア州の水の供給である。
 目の前の食糧需要を満たすため、かんがい用の水のくみ上げ過ぎが起きている。将来、帯水層が枯渇すれば、食糧生産が低下するのは、まず間違いない。幾つかの国々では帯水層の枯渇を憂慮すべき時がすでに訪れている。そのほかの多くの諸国にも、その日は迫りつつある。

人口増に歯止め
 過去4年間にわたり、世界の農業は、穀物需要量の増加に、ますます追い付けなくなってきている。いまやわれわれは、一つの疑問を提起せざるを得ない。技術の進歩や土壌改善のための投資など、生産に好影響を与える要因は、土壌の浸食や帯水層の枯渇、気温の上昇などの否定的な要因によって、ほぼ相殺されつつあるのではないだろうか?
 世界の穀物生産量が、8年間にわたり増えていないことを考えると、この問いに対する答えは「イエス」なのかもしれない。もしそうであるなら、人口を安定させ、水の生産性を向上させ、気候を安定化させるために、直ちに行動を起こす必要がある。もし、将来の穀物不足が劇的な価格高騰につながるなら、それは手所得の穀物輸入諸国に動揺をもたらし、地球規模の経済発展を阻害しかねない。食糧安全保障が、たちまち圧倒的な安全保障課題になりかねないのである。
 世界の人口は、2050年までに30億人近く増えるはずだが、その増加の大半は既に井戸が干上がりかけている国々に集中している。従って、可能な限り速やかに人口の急激な増加を抑えることが必要である。先進国34か国は既に人口を安定化させている。残る150の国々も、それを見習うべき時である。
 また、水不足が拡大している以上、水の生産性向上にも、地球規模で総力を挙げなければならない。われわれはすでに半世紀以上も前、土地の生産性向上に着手し、以来、(農業の機械化や農薬の使用などによって)世界の穀物生産量をほぼ3倍に増やした。今回も、それを手本とすることができよう。

化石燃料削減を
 いまや気温の上昇が収穫の減少をもたらしている。われわれは、気候の安定化に真剣に取り組む必要がある。2012年までに炭素排出量を(先進国平均で約)5%削減するという京都議定書に盛り込まれた地球規模の目標を、はるかに超えて進まなければならない。
 かぎを握るのは、化石燃料の使用の削減である。つまり、農務省よりもエネルギー省の決定の方が、食糧安全保障に大きな影響を及ぼすかもしれない。このことはおそらく、現代が抱える問題の複雑さを如実に物語っていると言えるだろう。
 将来の食糧安全保障は、単に人口の安定化や水の生産性の向上、気候の安定化などに依存しているだけでなく、これらすべての事柄を待ったなしで進めることにかかっていると言えるのかもしれない。



レスター・R・ブラウン氏=1934年米国生まれ。
農務省局長を経て、74年ワールドウォッチ研究所所長。2001年5月から現職。