経済コーナー第12



★★【企業の社会的責任(CSR)】★★

1. はじめに
 「企業の社会的責任(CSR)」という概念が注目されてきた。企業不祥事が相次いだこともあり、企業は利益追求だけでなく、社会を構成する一員として一定の責任を果たすべきだというCSRの考えの重要性が高まっている。“先達”の欧米では、投資先企業を決める指標の一つにもなっている。
 「企業の社会的責任は利益をあげ、税金を納めることに尽きる」。松下電器産業の創業者、松下幸之助氏は1970年代の公害問題をきっかけに高まった企業の社会的責任問題について、こう言った。幸之助翁は敬愛されていたが、これで企業性悪論が収まった訳ではない。
 企業批判の流れを一挙に変えたのは、東京電力会長で経済同友会代表幹事だった木川田一隆氏。「企業を原点に社会を見る態度から、社会に原点を置いて企業のあり方を考える」と発想を180度転換する企業の社会的責任論を展開、経営者層も支持した。
 今風に訳すと「良き地球市民」としての企業だ。日本の経営者が社会的責任を論じ、環境公害対策で世界のトップを走るとの自負を持つのも、木川田氏ら先達の遺産といっていい。
 そこへ欧州発のCSRショックだ。CSRはコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティーで邦訳は企業の社会的責任。たかが英語になっただけで日本の産業界や経営者は混乱している。
 原因は二つ。CSRの定義があいまえで、同時にISO(国際標準化機構)で国際標準にする動きが急ピッチで進んでいるからだ。

2. CSRの歴史
 CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略。企業は利益を上げるのはもちろん、企業倫理や法令を守り、社会貢献や環境対策などの面でも一定の責任を果たさないと、地域社会などから孤立し、存続すら危うくなるという考えだ。
 1920年代のアメリカで、キリスト教会の資産運用にあたって、アルコールやギャンブルに関与する企業への投資を排除するという宗教的な目的から始まった。60年代の反戦運動では、軍需産業への投資拒否などの株主行動も活発かした。
 90年代に、ベトナムの下請け工場で児童を働かせていたことがわかったスポーツ用品大手ナイキに対して全米で不買運動が起きる一因にもなるなど、「CSRは、企業の不祥事を抑止する効果もある」(アナリスト)と言われる。
 欧州でも米国と同様に発達し、英仏両国にはCRS担当大臣が据えられ、法制化の動きも出ている。

3. 国内企業の取り組み
 出光興産は、北海道苫小牧市でのタンク火災後、CSRへの取り組みに本腰を入れ始めた。外部から弁護士や学識経験者を招いて企業倫理諮問委員会を新設し、来月1日に初会合を開く。地元への報告が十分でなかったことなどの反省を踏まえ、企業としてのあり方を議論し、地域との信頼関係の取り戻しに努める。
 今年14日にCSRの取り組みを強化すると発表したシャープの中川敬・経営企画室長は、「ボーダフォンの携帯電話製造を受注するには、CSR報告書の提出を求められ、ないと取引を断られてしまう」と話し、欧米企業との取引にCSRが不可欠になってきた現状を明かす。
 アサヒビールは先月、原料調達先など約2百社に対して「使用禁止物資を使っていないか」「男女の雇用に差別がないか」といったCSRの観点に基づくアンケート調査をした。取引先の中小企業が安全管理などできっちりと責任を果たしているかクギを刺し、取引先の不祥事が本体の信頼失墜につながる事態にならないよう防ぐ狙いもある。
 また、イトーヨーカ堂は、通常の決算書と別に「CSR会計」を作成して公表した。2003年2月期では、収入のうち84%は原価などで取引先に支払い、残り16%が事業活動によって生み出された価値だ。そのうち社員の人件費や教育などに69.0%、株主への配当で5.8%、納税など行政に10.7%、非営利団体への寄付などが0.3%−などと記されている。
 同社は「事業活動によって生み出された付加価値が、社員や株主、社会などへどんな割合で分配されているかを示す」として、中書的な議論に陥りがちなCSRを数値化する試みだと説明している。



CSRを巡る日本企業の取り組み事例

コー
社長直轄組織としてCSR室を設置
2003年1月
ソニー
社会環境部を環境・CSR戦略室に拡充
2003年3月
松下電器
社長直属のCSR担当室を設置
2003年10月
シャープ
CSR推進室を設置
2003年10月
アサヒビール
CSRの視点に基づいた原材料購買基本方針を作成
2003年5月
イトーヨーカ堂
事業活動で生じた価値の分配先を数値化するCSR会計
2003年9月
西友
社会環境グループを新設、CSR活動をPR
2003年1月
住友信託銀行
CSRに積極的な企業に投資するSRIファンドを個人向けに販売
2003年12月募集開始
日本政策投資銀行
CSRの取り組み度合いで企業を格付け、優良企業に低利融資
2004年4月導入予定


4. 欧米でのSRIの動き
 欧米では、CSRに対する企業の取り組み度合いによって投資銘柄を選ぶ「社会的責任投資(SRI)」という手法が確立している。米国のSRIの投資規模は、全資産運用の一割を越える約2兆1750億ドル(235兆円)に上っており、優良な投資対象として資金を呼び込むためにも、企業はCRSに力を入れざるを得ない。
 国内でも、住友信託銀行が7月、国内初のSRIファンドを設立し、来月から個人投資家向けに発売する。日本政策投資銀行は2004年度から、CSRの充実度によって企業を格付けし、優良企業には低利融資する制度の導入を目指している。CSRへの取り組みが、企業の評価に直結する時代が来つつある。

   


米国SIFのリポートより日本総合研究所が作成



5. 国際標準化の動き
 ISO の諮問機関で議論されている企業の社会的責任の項目は幅広い。環境公害、安全対策、法令順守、人権、地域開発、企業統治、雇用などだ。諮問機関にはNGO(非政府組織)の関係者も参加しており定義が定まらない。
 例えば人権で女性の雇用確保は当然としてもアラブ社会の慣行を無視していいのか、と反発が出る。人権の概念は国、地域で違うという意見は欧州以外から出る。雇用でも「雇用責任や従業員研修の義務を企業に負わせるのか」との欧州の多国籍企業の猛反対で紛糾している。
 それでも、失業や財政難に悩むフランスやドイツなど欧州の主要国はCSRの国際標準化を後押ししおり、2007年にはISOのシリーズになる予定だ。
 企業の社会的責任という経営の運営まで国際標準規格になるのか、と疑問はあるが日本企業はISO規格では痛い目にあっている。90年代に品質管理基準のISO9000を取得しなかったゼネコンが海外での政府入札に応じられなかった「ISOショック」だ。
 今回も欧州各国はCSRのISO取得を政府調達条件とする方針を明らかにしている。世界貿易機関(WTO)の協定で、ISOになれば自動的に加盟国の規格になり、各国の企業も取得を迫られることになる。
 日本はどう対応するのか。企業の社会的責任を訴え続けて来た同友会の北条恪太郎代表幹事ですら「CSRの議論が不十分な段階。標準化するのは時期尚早」と慎重だ。トヨタ自動車、ソニーなど欧州発のCSRの研究会に集まった企業の間でも賛否両論。ISO取得には数億円単位の費用がかかるという目先の反対論も多い。
 問題は国際標準づくりは欧州が中心となっており、日本や米国は仲間外れにされていることだ。さらにCSRの議論に政府や大企業が積極的にかかわっていないことが大問題である。
 政府の無策はともかく、企業側も高炉や工場の事故、企業不祥事の多発、雇用削減で信用は毀損している。CSRショックは、企業の社会的責任を再考するいい機会だ。

〈出典:日本経済新聞〉