経済コーナー第14

山口 光恒

慶応義塾大学教授



★★【温暖化対策と日本=上 「議定書」組み替え検討急げ】★★


米含め新たな方式−最終的には脱化石技術で
 地球温暖化の悪影響を回避するには長期的には温暖化ガス排出量の大幅削減が必須である。だが米国や発展途上国が削減義務を負わない京都議定書には問題が多く、その組み替えも含め新たな枠組みの検討を急ぐべきだ。最終的には脱化石燃料社会に向けた技術革新が解決の鍵を握る。


京都議定書3つの欠格
 京都議定書(以下、議定書)の発効はロシアの批准にかかっているが、プーチン大統領が当面批准しないことを表明し国際的に失望が広がっている。これを受けて来月ミラノで開かれる温暖化防止会議では、議定書の発効遅延も視野に入れた議論が予定されるなど、状況は予断を許さない。
 温暖化問題の他の問題との決定的な相違は超長期にわたる不確実性である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測によると大気中の二酸化炭素(CO2)濃度上昇により今後百年間で1.4−5.8度気温が上昇し、世界各地で深刻な被害が発生する。どのようにCO2 濃度の上昇を抑え、長期的にどのレベルで安定化させるかが問題となる。
 1994年発効の気候変動枠組み条約はこの濃度を人類にとって危険でないレベルで安定化させることを目的としているが、具体的な濃度の記述はなく、そもそもそのようなレベルは科学的に解明されていない。つまり対策の最終ゴールが不明確なのである。温暖化ガス排出増加の現状からみて現在の濃度(360PPM=1PPMは100分の1)を維持することは不可能なので、せめて産業革命前の約2倍の濃度である550PPMで安定化させるという暗黙の合意があるだけである。
 とはいえ、IPCCの予測では仮にこの水準での安定化を目指すとしても百年後の世界のCO2排出量は現在の水準以下に抑える必要がある。発展途上国での人口増加や経済成長を考えると、抜本的な温暖化対策は必須である。そのための第一歩が議定書である。
 しかし、議定書には3つの重要な欠格があることは多くの識者のつとに指摘するところである。第一は初期割当量、第二はコスト、第三はグローバルな対応である。
 まず、初期割当量であるが、議定書は付属者I国(先進国および移行経済国、以下先進国)に温暖化ガス排出量を割り当てている。しかし国別割当量は政治的に決まったものであり、特段の根拠がない。日本はオイルショック後、省エネにつとめてきたが、その努力が反映されず、最も厳しい削減義務を負っている。
 次にコストである。温暖化問題が経済活動と密接に関係のあるエネルギー問題であることを考えると、経済状況にかかわらず絶対値で目標達成を約束する議定書は順守コストを考慮しない内容となっている。議定書はこれと対をなす形で排出権取引などいわゆる京都メカニズムを導入し、目標達成費用の軽減をはかっているが、排出権の価格自体が不確実である。
 欧州連合(EU)主要国は自国産業が競争力を失わないことを前提に対策を実施している。議定書批准を巡る日本の国会論議で順守コストが全く議論されなかったことは国会が行政に対するチェック機能を果たしていないことを示すものだ。
 グローバルな対応はどうか。今年7月の経済産業省産業構造審議会地球環境小委員会中間とりまとめによれば、世界のエネルギー起源CO2の半分以上を占める上位5ヵ国のうち議定書で実質的な削減義務を負っているのは第4位の日本のみであり、さらに削減義務を負っている国の排出量は全体の3分の1だ。米国が離脱した現在、到底グローバルとは呼べない。
 途上国と米国の排出量の伸びを考慮すると、米国を除く先進国が議定書目標を達成しても2010年の政界の排出量は約30%増大してしまう。この体制を議定書の約束間終了後(2013年以降)も続けることは環境効果、コストの両面から無理がある。
 以上からロシアの批准いかんにかかわらず2013年以降米国および中国・インドなど主要途上国を加えた新たな枠組みを構築しなければならない。また、ロシアの批准がなければ発効しないため、その場合は議定書そのものを組み替えねばならなくなる。

絶対値の削減以外にも方法
 ここで一歩下がって温暖化対策の意志決定について考えよう。百年後には現在の排出量を絶対量で下回らねばならないことを考えると対策は早いほどよい。他方、温暖化の不確実性と知見・技術の進歩を考えると、百年後をにらんで一挙に手を打つより、たとえば十年先を見て現時点で最前の手を打ち、十年たった時点で知見や技術の進歩を反映してさらに十年後をにらんだ最前の策を段階的にとるのがベストである点は、関係者の等しく認めるところである。
 さらに温暖化対策費用の負担は現世代であり、便益の享受は影響を受ける将来世代である。現世代の費用と将来世代の便益を比較し現時点でどこまで対策を実施するかの意志決定をしなければならないが、将来世代の便益は不確実で、それを現在価値に置き換える割引率の合意もない。
 こうしたことを考えると新たな枠組みは無理のない緩やかなものから始め、長期的には抜本的排出削減につながるものとすることが適当である。また、実効性確保の観点から米国と主要途上国が受容可能なものとする必要がある。単なる議定書の延長ではこれは不可能だ。ここで最大の論点は絶対値目標に代わる新たな目標設定方法である。この点について近年、学者や国際機関などから様々な提案が出ている。
 一つは、ハイブリッドと呼ばれる方式である。これは現行の排出上限割り当てと排出権取引を基礎としつつ排出権価格に上限を設け、価格がこれ以上となった場合は政府がこの価格で無制限に排出権を放出する方式である。確かにこれは対策費用の上限が見通せるという意味で米国や途上国が参加しやすくなる。ただし、難点は世界共通の排出権価格上限値の設定が困難なことであり、代替案として先進国と途上国で上限価格を二本建てにし相互の取引に一定の制限を加える方法もある。
 もう一つの案は、効率目標である。国内総生産(GDP)1単位あたりエネルギー使用量(またはCO2排出量)が代表例である。この場合、一人あたりGDPやCO2排出量を考慮したきめ細かい目標設定を行い、さらに排出権取引を導入すれば途上国はさらに参加しやすくなる。あるいはエネルギー多消費業種や自動車燃費についての国際的基準の統一・収れんを他の手法と組み合わせることも可能である。
 他にもいくつかある。たとえばEUの国別割り当てに使われた、産業、民生などに個別の指標を制定し、最後に合計数値を求める方式(トリプティクアプローチ)、途上国は非拘束目標とし一定の要件を達成したときに排出権取引に参加できる方法、一定の所得水準に達した場合に自動的に高速性のある目標と導入する方式などがある。
 発想を変え、米、中、ロ、日、インドなど主要排出国が別の議定書を作り、土台ができたところで他の国も加わるという考え方もある。筆者はこれが最も効果的と考えるが、この場合も各国の義務を定める観点から上記の各手法が参考になる。

まず緩やかな枠組みで出発
 現状では誰もが納得する名案はない。温暖化は優れて経済問題であるので、環境問題の専門家に加え、経済・通商や国際政治・法の専門家など幅広い知見を取り入れ、堅固な枠組み作りに向けて徹底した議論を行うべきである。その際の基準は環境効果、経済効率、衡平性、受容可能性である。
 以上をまとめると、長期的目標である排出絶対量の削減に向けまず主要排出国の参加を得るための緩やかな枠組みから始めるのがグローバルな意味での最善の策である。これは議定書順守コストが最も高く、排出上限目標を負わない米国や中国との競争を強いられる日本の国益にもかなう。
 日本が議定書の順守に向け、環境と経済の両立を図りつつ、あらゆる対策を検討・導入するのは当然である。しかし根本的解決は世界規模での脱化石燃料社会への脱却であり、革新的技術開発こそがこれを可能にする。日本がこの面で世界をリードするとともに、産業界は世界最高のエネルギー効率の維持・追求に全力をあげて取り組むことが求められる。




やまぐち・みつつね=39年うまれ。慶応大卒、専門は環境経済