経済コーナー第15

横山 彰

中央大学教授



★★【温暖化対策と日本=下  議定書発効、努力継続を】★★


まずロシアを動かせ−究極目的へ重要な一歩−
 日本は今こそ地球温暖化防止の京都議定書の発効へあらゆる努力をすべきだ。議定書は機構変動枠組み条約の究極目的への重要な第一歩であり、これまでの合意の積み上げを考えると放棄した場合の損失は大きい。欧州連合(EU)などと連携し、まずロシアの早期批准を促すべきだ。



枠組み条約以来、積み上げた努力
 地球温暖化防止を目指す京都議定書の発効が危ぶまれるなか、12月1日から12日までミラノで「気候変動に関する国際連合枠組み条約(気候変動枠組み条約)第9回締約国会議」(COP9)が開かれる。同会議に向けて、京都議定書の意義を再確認し議定書発効のために日本のとるべき対応を考えてみたい。
 1997年12月のCOP3で採択された京都議定書発効条件は議定書第25条に定めらており、次の2つを満たさねばならない。(1)55カ国以上の国が締結し(2)締結した付属書I国の1990年における二酸化炭素排出量の合計が全付属書I国の排出量の55%以上になること−である。付属書I国とは92年5月に作成され94年3月に発効した気候変動枠組み条約の付属書Iに列挙されている国で、いわゆる先進国と移行経済諸国である。
 今年9月現在で118カ国とEUが締結しているので、(1)の条件はみたしているが、締結した付属書I国の90年排出割合の合計約44.2%で、(2)の条件を満たしていない。(1)の条件を満たすには、排出割合が36.1%の米国か17.4%のロシアの批准が不可欠である。
 2001年3月、米国のブッシュ政権が議定書離脱を表明してからはロシアの批准が議定書発効に欠かせない条件になっていた。ところがロシアのプーチン大統領は去る9月29日の世界気候変動会議の開会に際し、議定書の批准は「政府内での検討を終えた後に国家の利益に従って行う」とあいさつし、当面先送りした。
 気候変動枠組み条約と京都議定書は、多数国間の条約と議定書という二段階による典型的な国際観光条約の形成過程の産物である。条約原案の作成段階では条約が一般的表現で規定され、参加国すべてが問題解決に向けて何らかの行動をとることに同意する。議定書の作成段階では、すべての参加国が同意できる内容で、例外規定を含む措置規定を導き出す。
 条約・議定書アプローチはL・E・サスカインド(マサチューセッツ工科大教授)も『環境外交』で指摘しているように、(1)条約発効までに時間がかかる(2)すべての締約国が同意できるような弱い協定になる(3)総数の大国が条約交渉を支配する−などの問題がある。
 京都議定書もこの条約・議定書アプローチが抱える問題を色濃くもつ。温暖化ガスの削減目標の差異化、吸収源、発展途上国の排出抑制努力、京都メカニズムといられる柔軟性措置などを巡り、各国が妥協を重ね採択にこぎ着けたのである。
 その後COP4以降、京都議定書を実施するために必要な京都メカニズムなどの詳細な規定について交渉を続け、2001年7月のボン合意を経て10月のCOP7でマラケシュ合意に至った。この合意で途上国支援・京都メカニズム・吸収源・順守制度などの詳細な連用ルールが定められた。
 途上国支援では、特別気候変動基金などの設立による資金供与や技術移転が合意された。排出量取引・協同実施・クリーン開発メカニズムからなる京都メカニズムについては運用細則が定まれた。吸収源では国別に森林管理のクレジット(排出権)に上限を設定し、クリーン開発メカニズムの対象活動として新規植林・再植林を認めた。順守制度については、数値目標を達成できなかったときには超過分の1・3倍にあたる排出枠を次期排出枠から差し引くなどの措置も決められた。
 このように気候変動枠組み条約の発効、京都議定書の採択、マラケシュ合意、そして昨年は5月31日に英国、ドイツなどEU諸国の批准や6月4日の日本の批准など多くの付属書I国の批准、今年6月にはロシア批准の憶測が出るなど工と議定書発効に期待が高まったのである。先のプーチン大統領のあいさつまでは、COP9が議定書発行後に開催される第1回「京都議定書の締約国会合としての役割を果たす締約国会議」(COP/MOP1)となり、地球温暖化に対する国際的な取り組みが本格化するとの観測もあった。


議定書放棄は大きな損失に

 だが、京都議定書発効が先送りになることを契機に、別の道を探るべきだという意見も出てきている。その背後には(1)議定書で合意した削減目標そのものが米国やEUなどに比べ日本にとって極めて厳しく不平等であり、(2)議定書離脱の米国も非付属書I国の中国やインドも削減義務がないのに日本だけ厳しい削減が求められている、という一部産業界の不満がある。
 しかし、吸収源を上限まで考慮したときの各国の削減目標をみれば必ずしも不平等とはいえない。また、途上国に排出抑制の新たな責任を求めない点は京都議定書採択前の95年4月のCOP1で採択されたベルリンマンデートの合意事項であり京都議定書そのものの瑕疵ではない。
 また、京都議定書の数値目標の合意は「・・・気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる・・・」(第二条)という気候変動枠組み条約の究極目的を達成するうえで重要な第1歩である。京都議定書を否定することが国際社会や日本にどのような利害得失をもたらすかを冷静に考える必要がある。
 京都議定書に代わる新たな多数国間環境協定を採択・発効させるには、より多くの時間と交渉努力が必要になる。仮に新たな多数国間環境協定が採択されたとしても、京都議定書に基づくマケラシュ合意よりも友好に温暖化ガスを削減しうる協定内容による保証はない。さらに京都議定書を放棄することは、その採択とその後マケラシュ合意まで国際的な合意を積み上げてきた各国の努力や、京都メカニズムを前提とした各国の多様な国内温暖化対策など、京都議定書に投入してきたあらゆる努力を無にしてしまう。つまり、京都議定書放棄の埋没費用は極めて大きいのである。
 いまこそ日本は、短期と中長期の視点から京都議定書の発効と進展を目指すべきである。そのためには、誰が堂のようなチャンネルを通して、誰に何を伝えるのかを考えねばならない。短期的にはまず日本政府が来月のCOP9で京都議定書発効に向けいっそうの努力をすることを宣言し、今後どのような行動をとる用意があるかを明示する。具体的にはEUやカナダとともにロシア批准をてこ入れするために、ロシアがCOP6で公式提案したグリーン投資スキーム(GIS)を再検討する。これはロシアの排出量取引収入をロシアの環境保全活動の特定財源とするスキームである。
 中長期的には来年3月のロシア大統領選挙と11月の米大統領選挙の後を見据えて、日本政府だけでなく民間も各チャンネルを通してロシアや米国の議定書批准への支援を行う。具体的には日本の民間主体が協同実施事業主体あるいはGIS投資家としてロシアに関与できる条件整備を進めて日本がロシアの有益な経済パートナーになりうる確信をロシアの関係者に与えるよう努力する。


米にも中長期で働きかけの余地
 他方、米国の地球温暖化問題に関する政治的潮流にも変化が見られる。二酸化炭素を含めた温暖化ガスの工場からの排出量を2010年までに2000年レベルに削減する国内排出量取引制度導入を内容とするマケイン=リーバーマン法案は上院で10月30日に否決されたが、反対55に対し43の賛成を獲得している。また、イラク戦争に対し、一貫して反対してきた有力な民主党大統領候補と目されるディーン前バーモント州知事は京都議定書に関する交渉再開を公約に掲げて選挙戦を繰り広げている。こうした潮流を意識して、中長期的に米国に京都議定書批准を働きかける。
 いま日本がなすべきことは、EUなどと連携して京都議定書の発効を目指すとともに、自らの削減目標を達成するように最大限努力することである。その努力なしには京都議定書で規定されている2005年中の次期約束の検討開始もない。



よこやま・あきら=49年生まれ。慶応大博士(経済学)。専門は総合政策