経済コーナー第16



★★【排出権ビジネス、企業動く】★★


 地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出量を企業間で仮想的に売買する模擬取引が始まった。昨年末の環境省に続き、2月から経済産業省が実施する。2008年の国際取引の開始に備え、年間百兆円になるともいわれる「排出権」市場をにらんだ企業の取り組みが幕を開ける。


新たな国際通貨誕生
 昨年12月、環境省によるCO2排出権の模擬取引。参加41社は三菱総合研究所が開発したシステムを使い、インターネット上で売り買いの注文を出した。売り手は、排出権所有者の管理業務を環境省から受託するNTTデータにメールを送り、書いての口座に排出権を移す仕組みだ。
 1日3時間、3日間続けた模擬取引で47件、45万5千トンの売買が成立した。8分に1件の売買があった計算になる。参加したキヤノンは「思ったよりもマーケットが頻繁に動いた。排出権取引とはこんなものかと実感できた」と語る。
 2月から経産省が実施する模擬取引では、排出権仲介業者のナットソース・ジャパン(東京・中央)が電話で参加企業の注文を受け、より臨場感を出す。経産省の模擬取引にはソニーや王子製紙など115の企業・団体が参加する。
 環境省、経産省や参加企業は今年半ばまで続ける模擬取引を通じて、排出権の保有や移転を管理するデータベースや企業会計上の処理方法のあり方を検証。取引本番に備える。
 排出権とは「企業などが事業活動に伴うCO2を同量だけ排出できる権利」。地球温暖化防止の国際合意である京都議定書では、先進国が途上国で実施する温暖化ガス削減事業で排出権を生み出す制度を設けた。
 国際取引が始まれば「排出権が世界で通用するマネーになる」(パシフィックコンサルタンツの水野勇史・上席コンサルタント)。すでにあらたな“国際通貨“争奪戦の火ぶたは切られている。
 Jパワー(電源開発)はコロンビアなど中南米で、工場燃料の石炭から天然ガスへの転換事業など5つのプロジェクトを開拓した。合計百万トンの排出権獲得を目指す。仮に1トン千円で取り引きされれば、十億円の価値を生む。「石炭火力で増えてきた自社排出量の相殺用として使えるし、相場次第で売ることも考える」とそろばんをはじく。
 新日本製鉄は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と共同で、製鉄行程で出る排熱を回収して再利用する技術インド製鉄大手のタタ製鉄に供与する。年間16万トンの排出権を取得できるほか、プラント輸出という果実も得る。
 東京電力もインドネシアで水力発電事業の可能性を調査している。世界の最先端を走ってきた日本企業の省エネ技術を排出権というマネーに変えようとする動きだ。
 温暖化ガスをそれほど出さない金融機関も排出権ビジネスと無縁ではない。UFJ銀行は経産省の模擬取引に参加し、「原油先物などと同様に、排出権を顧客企業向けの有望な金融商品として育てていく」(市場営業部)。併せて銀行などには排出権取得のための海外事業への融資も獲得できるとの思惑もある。
 昨年12月、伊ミラノで開かれた地球温暖化防止条約第9回締約国会議(COP9)。目立ったのは、企業関係者が自国政府や国連に排出権取引のルール作りを推進するよう働き掛ける場面だ。地球温暖化防止会議の主役は環境NGO(非政府組織)から排出権取引に期待をかける“ビジネスNGOモに代わった。
 京都議定書の発効はロシアの批准見送りで先送りされたが、民間貴魚派排出権取引の開始を前提に動き出している。

産業間で利害対立
 
今月、シャープの液晶パネルの新工場(三重県亀山市)が稼働した。液晶分野で大型投資を仕掛ける韓国メーカーに対抗する日本の「牙城」だ。半面、液晶事業の拡大などで同社の国内での二酸化炭素(CO2)排出量は2002年度の55万トンから、2008−10年度には百万トンに増える見通しだ。
 「液晶は国内生産にこだわる。工場を新設すればCO2排出量が増えるのは当たり前」(山田健介常務)として、シャープは排出総量の削減目標の設定を拒み、生産額当たりの削減目標を掲げる。個別企業ごとに排出量削減の枠をはめられると、成長業種ほど削減負担が重くなるからだ。
 実際、電機・電子業界のCO2排出量は、京都議定書の基準年の1990年から増加傾向にある。情報技術(IT)ブームを経て、薄型テレビなどデジタル家電が急成長。景気回復のけん引役になりつつあるだけに、業界全体に総量規制への反発ムードは強い。
 日本のCO2削減戦略を定める「地球温暖化対策推進大綱」。2005年の第二ステップ移行を前に、見直し作業が今後本格化する。議定書の6%削減目標を達成するには今より11.2%、1億4千万トンのCO2を減らす必要がある。見直しでは技術的な対応策に加え、環境税導入や排出量規制も検討課題になる。
 排出権ビジネスの行方は誰が買い手になるかで左右される。削減義務を負うのは国だが、産業部門に義務量が割り振られた場合、排出を増やし続ける産業と、絶対量が多い産業との利害対立も深刻になりかねない。
 産業間のさや当ては自主的な削減目標の設定から見て取れる。販売電力量当たりの排出量削減にこだわるのは電力業界。
 「我々は需要家の求めに応じて電力を供給しており、総量を自らコントロールできない」(電気事業連合会)石油業界も同様の立場。CO2の直接排出者であっても、実際に排出の責任を負うべきなのはエネルギーを使う側だとの考え方だ。
 排出量が増加しているとはいえ、電機・電子などの総排出量は鉄鋼や電力に比べれば少ない。ところが産業部門の4割を排出する鉄鋼はすでに2002年度に90年度比6.9%減らしている。「日本の鉄鋼業の消費エネルギー当たりの生産効率は世界一。規制がかかれば中国に生産を移すこともありうる。生産効率の悪い設備を使って、結果的に地球環境を悪化させることになりかねない」(新日本製鉄)。
 「産業間でどう削減枠を割り振るかという議論は公式にも非公式にもしていないが、まとめるのは不可能」。調整役が期待される日本経団連の高橋秀夫環境・技術本部長は早くもさじを投げる。
 もっとも産業部門全体の排出量が減少傾向なのに、国内の排出量の約半分を占める民生、運輸部門は増加に歯止めがかからない。CO2削減努力が最も求められるのは、電気を使う一般家庭やガソリンを消費するドライバーなど不特定多数の国民なのだ。
 日本全体で京都議定書の削減目標を達成するため、産業界や一般の国民の取り組みをどう加速するか。「大綱見直し、長期エネルギー需給見直しがある今年は大きなターニングポイントになる」(富士総合研究所の瀬戸口泰史地球環境研究室長)。排出権取引で重要な役割を担う「買い手」がだれになるのか、その輪郭も見えてくる。



【出典:日本経済新聞】


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