経済コーナー第18



西村 六善

駐メキシコ大使



★★【京都議定書の第二約束期間-早く国内まとめ主導権を−】★★


 国際的な温暖化対策に向けて、米国が今後、京都議定書とは別の枠組み構築を志向してくる可能性がある。日本は、技術開発を評価・奨励する仕組みなど、議定書の第二約束期間の枠組みに関する国内の議論を早急にまとめ、国際協議で主導権を発揮していく必要がある。



米有力議員が法案提出準備
 米国が京都議定書に参加する可能性は、民主党政権になっても、極めて低いとされている。一方、同議定書は2013年以降の第二約束期間の枠組みが未定で、これをどうするか決めなければならない。温暖化対策は米国や発展途上国も参加しなければ意味がなく、第二約束期間は米国や途上国を含めた実効性あるものにすることが必要との意見が強いが、どうやって参加させるかが問題だ。
 米国は2001年3月に京都議定書から離脱し、1年後に独自の政策を発表した。自主的措置のほか、カギは技術革新にあるとして、5年間で250億ドルにのぼる投資計画を進め、炭素隔離技術などでプレークスルーを図ろうとしている。
 しかし、この間、米国内では、もっと厳しい排出規制措置を取るべきだとする議論が強くなってきた。その顕著な例がマケイン・リーバーマン法案である。これは一定の範囲で、企業に排出削減義務を課し、排出量取引制度、いわゆるキャップ・アンド・トレード(C&T)を導入するものである。同法案は2003年11月、上院で43対55で否決されたが、43票もの指示を集め、大きな注目を集めた。マケイン(共和党)、リーバーマン(民主党)の両議員は今年も法案提出を準備中だ。成立を目指して法規制の内容を緩めるとしている。
 仮に同法案が成立すれば、米国はそれをテコに将来の枠組み構築の国際交渉に乗り出してくる。これが大方の見方である。しかし、米国の隣国から観察していると、それはもはや議定書の第二約束期間をどうするかという話ではなさそうだ。米国がC&Tを導入した後、それを軸に、京都議定書とは別の枠組みを志向するように見える。
 それを示唆する議論が既に米国で始まっている。6月下旬にワシントンで開かれたブルッキングス研究所とピュー・センターの合同のシンポジウムがその例である。周知の通り、ブルッキングス研究所は米国で最も有力なシンクタンクの一つである。一方、ピュー・センターは地球温暖化問題では世界的な発信力があるNPO(非営利組織)である。シンポジウムには、最有力の論者や専門家多数が出席した。マケイン、リーバーマン両議員も議論に参加し、同法案が成立するまで戦いをやめないと宣言した。
 出席者の多くは同法案の成立を指示していたが、最も注目されるのは将来の枠組みについての議論である。ブルッキングス研究所のナイジェル・パーピス研究員は、クリントン政権時代に環境担当の国務次官補代理を務めた経験から、米国は京都議定書とは別のC&Tを軸とする枠組みを志向すべきだと次のように論じた。



国連部隊の調整を回避
 
「京都議定書は『負担の分担』であるのに対し、この枠組みでは、利益やインセンティブを軸にして排出削減を図る。枠組み参加国は排出権取引により、コスト削減を実現する。途上国や先進国はクレジット(排出削減量)を売却できるので、枠組みに参加するインセンティブが生ずる」
 「世界の全ての国と交渉する必要はない。経済協力開発機構(OECD)諸国、中国、インド、ブラジルなどの主要な途上国の参加を得れば、世界の排出量の80%をカバーできる。国連を舞台にして180カ国の利害を調整するという巨大な困難を回避できる」
 「米国は、自分の設計で開始するので、妥当な目標を設定できる。従って米国の競争力を阻害しないで費用対効果上、優れたシステムを作れる。そこから段階的な削減強化を図れるので、京都のようなビックバンではない。複雑系でもない。世界的な合意確保に悩まないで、すぐ始められる。国連に過剰に依存しないので、米国内で受け入れられやすい」
 こういう考え方をどう見るか。米国の産業界は競争力を阻害するという理由でこの種の規制に強く反対しているので、低いレベルの目標値から出発する。産業界が自信と信頼感を持ってから、段階的に目標値を引き上げる。米国が産業界を引っ張って法的な排出規制に向かうためにはこれしかない。これが米国の観察者の意見である。ただ、世論の厳しさから見て、削減目標が穏やかなもので終わる事態は想定しにくい。
 国連を交渉の場にしないと言う方法論にも注意を要する。要するに、世界的な合意形成は必要ない。排出量の80%以上をカバーできれば、大規模な対策と言える。世界的な合意形成のために払われる巨大なコストを考えてみれば、費用対効果上も正当かできる。今後米国はそういう議論を始めそうだ。
 この案では途上国にもキャップ(排出量の上限)がかかるので京都議定書よりは前進だ。しかし、途上国が排出権の特典だけで米国型の枠組みに同意するか。また、特定の大口排出途上国が、途上国グループのG77の団結を捨てて、米国主義の枠組みに参加するのか。疑問点や不確実性は多々ある。それに米国の方針はこれで決まりというわけではない。法案は、今年も困難に遭遇していて、現時点では成立のメドが立っていない。ただ、今後の方向性がおぼろげに見えてきた。
 一時、米国内で盛んだった温暖化対策への懐疑論は下火になった。仮に少しの疑問があったとしても、今行動しなければ、将来ひどいしっぺ返しを食らう。こういう意識がうねりを作っている。技術革新がすべてを解決するという信念も依然として強く、巨大な科学技術投資をしている。だが、それに期待して温室効果ガス削減は自主努力でよいという考えは、米国民の指示を得ていない。
 何よりも、政策当事者には、米国こそこの問題で中心的な指導力を発揮しなければならないという意識が強い。米国が国内を固めさえすれば「世界はついてくる」という言い方は、米国の力への過信というよりは、経済界に安心感と自信を植え付けようとする意図のようである。
 それだけに、いったん国内の制度固めができれば、米国は強力な外交を始める可能性がある。それに、世界中が米国と途上国の参加を求めているので、米国は結果的に奇妙な影響力を手にしている。「私を入れたいのだから、私の意見を聞くべきだ」と。米国のどの政権もこの影響力を最大限に活用するだろう。
 日本はどうするべきか。世界は米国や途上国を関与させることに再度失敗できない。日本も欧州も、米国を参加させようとしているが、米国は自分の計画に世界を取り込もうとしてくるようだ。日本国内でも既に将来枠組みに関し様々な議論が行われているが、それを早急にまとめ、大胆な発想で国際協議を主導する必要がある。


義務と奨励の組み合わせに

 日本は、既に世界最高のエネルギー効率を実現している。技術が鍵であることは明らかだ。ちなみに、前記の合同シンポジウムでは何度となく日本の技術投資、その成果としてのハイブリッド車が賞賛されていた。技術投資、技術開発や政策の良否など、定量・定性的な貢献もこれを評価し、それを奨励する仕組みが必要だ。また欧州に次いで米国も義務的な排出削減と排出量取引の制度確立に向かう展望のもとでは、日本もこの問題で早急に国内議論をまとめる必要がある。そして、京都の目標の達成を期し、国際交渉で主導権を握るべきだ。
 同時に、地球温暖化問題は、世界の市民、企業、地方自治体などあらゆる個人と組織を動員する総力戦だ。政府の権限強化は不可欠だが、それだけでは解決できない。そのため、将来枠組みは、義務的な措置の一群と奨励的な措置の一群の集合体とし、各国の総合成績を評価・奨励し、さらなる改善へ厳しく督励する仕組みとするべきように思われる。
 国別の事情によって評価を差別化し、全体を単純系で最良の費用対効果で実現したい。それが京都議定書を強化し、発展させ、指示を広める。それを例えば10年間実行し、学習した上でその先50年の枠組みをより良いものにする。そういう発想もあり得るのではないか。



にしむら・むつよし
=40年生まれ。上智大中退。地球環境問題担当大使などを経て現職


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