経済コーナー第21



天野 明弘

兵庫県立大学副学長



★★【排出取引への視点−温暖化対策を中心に−】★★


 温室効果ガスの排出取引制度は今後、世界的に地球温暖化対策の中心的手法に位置づけられていく見通しだ。日本企業がこの制度に習熟しなければ、近い将来、国際競争で不利になると予想され、日本でも早期に制度を導入し、官民ともにノウハウを蓄積する必要がある。



賛否ではなく建設的論議を
 地球温暖化対策推進大綱の見直しを行っていた中央環境審議会が8月に中間とりまとめを発表し、現在の対策だけでは京都議定書の削減約束を達成できず、2010年における温室効果ガスの排出量が過大になるとの評価を下した。精査中の代替フロン三ガスを除くと、総排出量で12ム13%程度の超過が生じ、吸収源対策が現状どおり推移して3.1%程度の吸収量となったとしても、9ム10%ほど削減量が不足するというのである。
 このため中間とりまとめでは、大綱の枠組みの修正(主体別、ガス別目標の設定など)、横断的対策ならびにガス別の個別対策などの導入・強化を提言している。この横断的対策の中に、日本では初めての国内排出取引制度および温暖化対策税制が盛り込まれている。
 これを受け、環境省は2005年度の概算要求において温室効果ガスの自主的削減目標設定にかかわる設備補助事業(排出取引制度の導入)を掲げると同時に、税制改正要望として、地球温暖化対策推進のための環境税(仮称)の創設に必要な税制上の措置を求めている。いずれの対策も、日本ではようやく本格的な検討が始まった段階であるため、今後大きな議論を呼ぶことが予想されるが、環境対策としては諸外国で実施済みのものであることを考えると、賛否の議論を戦わせる段階から脱して、実効性を伴う建設的な政策論議の展開が求められている。
 排出取引制度とは、環境負荷物質の排出を許可制にするという基本的特長をもちながら、排出許可証を移転可能(取引可能)にすることで、環境負荷削減を行う主体に対して伸縮性と経済的誘因を与えることを意図したものである。2005年に実施が予定されている欧州連合(EU)の排出取引制度では、国内の排出許可総量をあらかじめ決定し(キャップ)、それに相当する排出許可証を発行して、保有主体に取引(トレード)を認める制度で、キャップ・アンド・トレード方式と呼ばれるものである。


●C&T方式は日本では困難
 しかし、環境省が導入を考えている制度は、政府があらかじめ被規制主体の範囲や対象者を定め、それらの主体に排出実施に相当する許可証の提出を義務付けるキャップ・アンド・トレード型ではない。自主参加型の国内排出取引制度と呼ばれているように、制度そのものへの参加を企業の自主的判断に委ねながら、排出取引制度を導入しようとするもので、英国が2002年から実施しているタイプのものである。
 この方式では、政府が排出削減助成金として一定規模の予算を用意し、低費用で排出を削減できる事業者に削減単位当たり一定額の助成を行う。事業者の削減量を検証するためには、削減前の排出量(ベースライン)の設定が必要になるが、削減取り組み実施後、ベースラインに基づき予定された排出削減が確認されれば助成金が支払われる。ただし、制度参加の決定に際して、ベースラインから削減量を差し引いた残りに対して許可証が発行され、削減主体は排出取引を辻手削減量の過不足を調整できる。
 英国では、逆オークション(買い付け型のオークションで、高い価格から漸次引き下げて落札量に見合う助成金額と政府予算が均衡した天で価格が定まる方式)で削減助成金の配分を行っている。
 オークションにせよ、通常の助成金審査方式にせよ、この方法で効率的な削減を実現するためには、削減クレジット方式をとる排出取引制度に共通する問題として、行政費用の大きさと環境パフォーマンスの高さのバランスをとりながら、ベースラインの決定をどのように行うかが重要な課題となる。
 助成金の率を政府があらかじめ定め、応募してきた事業者による削減をすべて買い上げるか、予算額を定めたオークションにより助資金率が決定されるか、いずれの方式によっても、その助成金率以下の限界削減費用をもつ削減機会が実行されるという意味で、費用効果的な排出削減が実現できる。
 日本が、EU諸国のようにキャップ・アンド・トレード方式の排出取引制度を導入し難いのは、石油危機以来、他国に先駆けて厳しい省エネを実施してきた結果、温室効果ガスの排出削減についての限界費用が他国より著しく高くなっているという事情があるためである。もし他の政策を併用することなくキャップ・アンド・トレード方式の排出取引制度を導入して必要な削減を行おうとすれば、内外の多くの数量的研究が明らかにしているように、排出許可証の価格は、炭素1トン当たり数万円といった、きわめて高いものとなることが予想される。
 しかし、排出削減助成金(これも排出削減を誘引する一つの価格である)で、高い価格インセンティブを与え、削減の過不足を排出取引市場で調整するのであれば、いきなりキャップ・アンド・トレード制度を導入するのに比べて、許可証の価格は低い水準に決定され、その水準は、助成金の規模が大きいほど低くなるであろう。


●環境税との組み合わせを
 この点は、中環審の地球温暖化対策税制専門委員会が提案した低税率の炭素税の考え方と共通する点である。したがって、低税率の温暖化対策税制と、この自主参加型の排出取引制度とは、いずれも基本的に同じ考え方に立脚するものである。しかも、両者を組み合わせることで、それぞれの制度を別々に考えている場合よりもすぐれた特徴が引き出せる点にも留意することが重要であろう。
 一つは、温暖化対策税制でエネルギー集約的部門の排出主体の負担軽減を政府との協定に基づいて定めようとする場合、協定の条件に基づき減税を認められた主体が、協定を順守する手段として排出許可証の購入を選択肢に加えて政策を構想することが可能になる。
 第二に、炭素税率も排出許可証の価格も、いずれも温室効果ガスを排出する際の価格であり、両者の裁定が行われるようになれば、排出取引制度で排出許可証の価格が高騰するリスクは避けられる。そして、第三に温暖化対策税制の税収使途の問題と、この排出取引制度で必要な財源調達の問題とを同時に解決できる。
 しかし、これらの点とは別に、日本が排出取引制度を導入すべき本来の趣旨は、京都議定書が現在の形で発効するかどうかにかかわらず、今後世界的に温暖化対策の中心的手法に位置づけられると考えられている温室効果ガス排出取引制度に対する官民の経験・ノウハウを蓄積し、そのために必要な国内制度を整備することである。
 日本の置かれた事情に配慮しながら、これをどう実現するかという大きな視点を忘れてはならない。この制度に習熟せず、排出削減費用や機会に日常的な注意を払わない事業者や産業界は、近い将来、国際競争においてさまざまな不利に直面することになるであろう。
 英国では、気候変動税、気候変動協定、自主参加型排出取引制度を周到に組み合わせた革新的な気候変動政策が実施されて以来、官民ともに多くの経験を学びつつある。
 排出取引制度の導入後2年の実績を踏まえ、「NERA経済コンサルティング」というシンクタンクが8月に制度の評価を発表した。オークションによる削減助成金の配分が、まずまずの成功を収めたこと、国内排出取引制度も市場としてのさまざまな機能を発展させていること、そしてなによりも削減目標を超過達成し、相当量の排出許可証を将来に備えて保有している事業者が多くあり、全体的に効率的な削減が実現されていることなどが報告されている。
 これらの事実は、米国に二酸化硫黄排出取引制度創設期の経験とも類似した特徴をもっている。ベースラインの設定など、改善すべき問題もあるが、インタビューを受けた参加事業者の多くが経験獲得の重要性を強調していることが示唆的である。


あまの・あきひろ=34年生まれ。ロチェスター大博士。専門は環境経済学




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