経済コーナー第22



桝本 晃章

日本経団連地球環境部会長



★★【排出取引への視点−自主的な活用を原則に−】★★


 国内排出量取引のベースとなる排出枠を国が国内の排出主体に公正に割り当てることはほとんど不可能である。排出量取引は、企業が自主的な判断で活用する仕組みとして、国が関与するのは取引に伴う税務・会計上などのルール作りにとどめるべきだ。



●企業の活力重視すべき
 地球温暖化対策推進大網の見直し年にあたる今年、関係各省の審議会では、日本が温室効果ガス排出削減目標をいかに達成するか、その追加的対策が議論されている。2010年における温室効果ガスの1990年比6%排出削減は、産業界も、その前提に立ち、温暖化防止の対策について自主的に取り組み、成果を上げてきている。また、意見も積極的に述べてきた。
 地球温暖化問題への対応は、長期的、大局的に見ると、これからの日本の社会をどのような社会にして行くのかという極めて重要な問題にかかわる。それというのも、温暖化の原因の代表である二酸化炭素(CO2)は、石炭、石油、天然ガスなど、物の燃焼に伴って排出が不可能の物質だからである。CO2は、生命体の営みに深くかかわっており、地球の大気の一構成要素であることも確認しおきたい。
 地球温暖化問題は、産業革命以降、人類が化石エネルギーを大量に消費したためにもたらされた。したがって、根本的対策は、我々の社会をエネルギー大量消費依存型から、寡少消費型に転換していくことである。
 この問題への対応として、日本経団連では、まず国民各界各層が地球温暖化問題を共有し、それぞれの個性や差異を認め合いながら、エネルギー寡少消費社会への転換の大きな流れをつくり、より自主的に取り組むことを基本としている。産業界として持てる省エネルギーなどの技術を普及することに加えて、一層の改善、革新を進めることにより、エネルギー寡少消費社会の形成に貢献したいと望んでいる。
 また日本の省エネルギー技術は、世界の温暖化対策を進めるうえでも十分有効であり、貢献できると考え、地球規模での省エネルギーの徹底を訴えている。日本は、温暖化対策大綱にもある通り、「環境と経済の両立」を目指しつつ進めている。その意味でも、技術を保有する企業がそのバイタリティーと社会性を大いに発揮することが一つの基本である。企業の活力をそぐような対策は避けるべきであり、あらゆる面で、規制や制約の強化、権力による介入などを最小限にし、国民、企業の自主的参画による社会づくりを進めることが望ましい。
 ところで、消費者(国民)は、商品やサービスの市場では、価格を一般的に選択基準とする。消費者が商品やサービスの選択に当たって、より環境に良いものを選ぶという選択基準を持つようになれば、市場メカニズムも環境対策において有効に働くと思われる。
 したがって、環境教育や環境に良いものについての情報提供をより積極化することが重要である。この点で、政府の役割は重要である。消費者がこうした力をつけていくことは、企業にとって、ステークホルダーからの重要なメッセージであり、一種の健全な監視の目にもなる。
 我々産業界も、こうした前提に立ち、温室効果ガス排出削減の実行を上げるべく取り組んでいく。同時に、環境税や排出量取引などについては、反対もし、異論を唱えもする。


●生産活動など管理の懸念も
 温室効果ガスで問題の主役は、エネルギー起源のCO2である。エネルギー源別の利用比率と転換・利用技術が一定である限り、CO2の排出削減などの排出管理は、エネルギー消費管理につながり、場合によると、生産活動や社会活動の管理につながる懸念がある。したがって、規制的、制度的対策は、極力少なくし、CO2排出のより少ないエネルギー源への転換と省エネルギーをいかに進めるかが課題である。
 ところで、京都議定書には、批准した先進国が温室効果ガスの削減目標を達成するための柔軟性措置(京都メカニズム)として、発展途上国を支援して削減分を自国の枠に算入する「クリーン開発メカニズム」(CDM)他の先進国と共同で削減事業を実施する「共同実施」(JI)、そして排出量取引が規定されている。
 地球上には、貧困、食料、水、衛生など課題が山積している。一方、それらの課題への対応のために必要な資金や人的能力などの投入資源には限りがある。それだけに投入資源の有効活用のため、地球規模で可能な限り最適配分を追求しなくてはならない。この延長線上で、世界を見ると、各地域・各国で経済発展段階が大きく異なるため、投入資源の生産性も地域・国によって異なっている。だからこそ、CO2排出削減にあたっても、資源の最適配分が効果的に機能する可能性があると言える。
 CDMや排出量取引は、これらの限られた投入資源をより経済的、効果的に利用するための現実的で、良い案である。特に、省エネルギー技術に優れる日本が貢献できる余地が大きい。大いに活用するべきである。
 このうち排出量取引、特に国内排出量取引ついて考えてみたい。仕組みとしては、事業所などから排出されるCO2の「ある基準値」に対する達成超過量と、他の事業所での未達量とを市場で取引するということになる。これを繰り返すことで、全体で排出量の削減を図るというのが、排出量取引の理屈である。
 米国においては、この仕組みの導入により硫黄酸化物(SOx)の排出削減に実効を上げている。この米国のケースでは、比較的簡易な対策技術が確立しており、仕組みを導入する余地が大きいので、理論的な効果が得られているが、日本でのCO2の事情は、全く異なる。


●過去の省エネ評価は困難
 産業界が排出量取引で最も強く懸念するのは、上述の基準量を誰がどのように決めるのかという点である。専門家が言うキャップ(CO2排出量の国による割り当て)の決め方である。
 一言で「キャップ」というが、国内排出量取引のベースとなる排出枠の設定は、短期的には、エネルギー利用料の割り当てにほかならない。しかも国家が「割り当てる」のである。太平洋戦争中の「配給」を思い出させる。国内の排出主体に排出枠を割り当てる場合、過去の省エネ努力の評価や現実に起こる市場への新規参入者、退出者の取り扱いはどうするのだろうか。およそ公正な排出枠の設定などは、現実的には不可能に近い。
 欧州連合(EU)において、このキャップ・アンド・トレードを視野に入れて、国別、そして、企業の工場別などに排出枠を割り当てる試みが始まっているが、英独などの一部産業界からは、強い批判が出始めている。加えて、実はEUは、新規に加盟した東欧諸国も対象としているが、省エネの遅れた東欧の削減余地は非常に大きく、東欧諸国の余剰分は、西欧諸国の不足分に相当するという見方もある。
 一方、「やりたい主体だけが参加する」という「自主参加型」の排出量取引制度はどうだろう。日本には既に数年前から排出量取引をビジネスとする企業が誕生している。まさに、このビジネスに任せればよい。国が関与するのは、排出量取引に伴う税務・会計上などのルール作りだけでよいのではないか。
 日本経団連の自主行動計画に参画している業種の中には、2010年までにCO2排出量が減少する業界もあるし、増加する業界もある。しかし、日本経団連に参画する業界・企業全体として排出量を1990年実績レベル以下にしようというのが目標である。これは、参画業界や企業が仮に目標を考える時、無償で、排出量をやり取りして、全体として増やさないということと同義なのである。
 排出量取引の試みは、いろいろあってよい。しかし、国でなければできないことは、排出枠を割り当てる国内排出量取引制度を作ることではない。排出量取引も含めた京都メカニズムの役割を拡大し、最も実効が上がる国際的な枠組みを作ることである。EUが実態として国境を越えた取り組みを展開し始めている実情をよく学ぶべきではないだろうか。


ますもと・てるあき=38年うまれ。早稲田大卒。電気事業連合会副会長




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