経済コーナー第24



木村 尚三郎

静岡文化芸術大学学長



★★【日本再生の地平、新「唐・天竺時代」の予感】★★


 中国やインドなどの急成長が続き、21世紀はユーラシア大陸に巨大経済圏の形成が予想される以上、日本はもっとアジア諸国との結び付きを強める必要がある。同時に、工業技術を含む広義の日本文化を培ってきた農業を再生し、「美しい日本」を創造しなければならない。



●中国とインド巨大な国家に
 
技術文明の成熟と、それに基づく先進諸国の景気の低迷は、今後も当分の間続かざるをえないだろう。逆に言えば、進歩に次ぐ進歩、発展に次ぐ発展の20世紀が「異常な時代」であった。その「異常な時代」が終わり、「当たり前の時代」が1970年代の第一次石油危機のころから始まっている。いつまでかといえば、石油に基づく技術文明から脱却しうる日がくるまで、である。
 「当たり前の時代」には、当たり前の感覚が働く。それは第一に、米国がイラク戦争で押し通そうとして失敗した、独立独歩・唯我独尊の生き方ではなく、世間様と生き合う感覚である。たとえ嫌な相手であろうとも共生しようとする、コミュニケーション・外交能力、空間感覚の拡大が、これからの時代には求められる。
 それは何よりもまず御近所、向こう三軒両隣との、関係改善ないし関係強化において発揮されねばならない。中国、韓国、東南アジア諸国、そしてインドとの密接なかかわりは、今後不可欠である。ことに経済的・技術的に大活躍している中国とインドは、2050年には中国が人口14億人に、インドにいたっては15億人と世界一になることが見込まれている(国連「世界人口予想」)。
 その2050年に、経済大国1位は中国(国内総生産44兆ドル)、2位が米国(35兆ドル)、3位はインド(27兆ドル)と予想しているのが、米証券会社ゴールドマン・サックスである(日本は4位、6兆ドル)。日本にとっては千年以上のときを隔てて、再び「唐・天竺の時代」がやってくるということであろう。まさに、「歴史は繰り返す」である。
 先進諸国が足踏み状態を続けるなか、人口圧力と高出生率の国が、これからはめざましい経済活力を発揮するということである。この点、いま2億8千万人の米国は、2050年に4億人に上ると推計されており、スペイン系・有色系を中心に高い出生率を示している。先進国中、唯一の「活力ある国」ということになる。


●「もっと西へ」空間感覚拡大
 しかしながら、猛追する中国の「時の勢い」からすれば、あるいは2020年代にも、米ドルの急落と人民元の劇的な躍進が起こるのかもしれない。経済チャンピオンの、交代ドラマの始まりである。そうなると、第二次大戦後は、経済的にも政治的にも、米国に密着して発展してきた日本であるが、改めて身過ぎ世過ぎのあり方を考え直さざるをえない。低出生率から、人口がいまの1.3億人から2050年の1億人に減少すると推計され、国の低活力が当然に予測される以上、なおさらのことである。
 どうしたらいいか、となれば結論は、「もっと西へ」である。中国・インドを中心とするアジア経済の急成長、発言権、存在感の増大、そしてそのアジアと欧州との、地続きによる連携強化結果として巨大経済圏・ユーラシア大陸の浮上という当然の予測が、その背後にある。何が起こってもおかしくないのが、これからの50年である。
 アジアの一画を占める日本として、「もっと西へ」という、空間・コミュニケーション感覚の拡大以外に、生きる道はない、と思う。
 そのコミュニケーション・外交能力にもっともたけているのが、中国とフランスである。両国はともに高い文化力を持ち、その文化によって互いに相手を評価し合う資質を備え、親近性が強い。つまり、互いに仲が良い。
 15カ国から25カ国へ、東へと共同体を拡大したEU(欧州連合)が、フランス・中国軸によって、今後さらに東へと、中国との結び合いを強める。そして、ユーラシア大陸そのものの巨大経済圏の形成を目指すにいたる。これは、想像に難くない。文明は19世紀欧州、20世紀米国、そして21世紀アジアないしユーラシアへと、西進をつづける。とすれば日本も「もっと西へ」を目指さねばならない。
 コロンブスは今から500余年前、欧州の恒常的飢餓状態を克服するため、「もっと先へ」(プルス・ウルトラ)を標語に船を西に進め、新大陸を発見して、近代世界への道を開いた。いま再び歴史の大転換期にあって、日本は、そして米国もまた、「もっと西へ」の新大陸発見に、挑戦せねばならない。そしてそれを性急にやり過ぎたのが、イラク戦争の真実ではなかったであろうか。
 冒頭の問題的に戻って、「当たり前の時代」には、コミュニケーション・空間感覚の拡大、重視のほかに、二つの事柄が欠かせない。その一つは「農の再生」に基づく日本の文化力の強化、文化立国への道であり、最後の一つが、「美しい日本の創造」である。そして以上の三つこそが、21世紀日本にとっての、真の構造改革であるというべきであろう。
 「当たり目の時代」には何よりもまず土地にしっかりと足をつけ、土に生きる誇りと自信、安心と力を取り戻さねばならない。いかに超音速旅客機が開発され、IT(情報技術)が発達したとしても、人間の「土に生きる」定住本能はなくならない。全世界的に、である。とすれば、輸送手段や冷凍・保存手段がどれだけ発達しても、大地を耕し、土地のものを土地で口にする「地産地消」のおいしさ、幸せは、大きくなるばかりである。
 経済のグローバル化が進行すればするほど、「グローバルよさようなら、ローカルよ今日は」が、そのまま生きる喜び、訪れる楽しさにつながる。2003年小泉首相主宰の観光立国懇談会が、「住んでよし、訪れてよしの国(地域)づくり」を報告書副題に掲げた理由が、ここにある。


●高い工業技術文化が支える
 2004年8月、東京の日本橋三越本店の7階と屋上で、「アジアの原風景・棚田体験展」が開催され、6日間になんと3万2千人の人々が訪れた。会場は熱気に包まれ、誰もが日本各地やアジア各国における、棚田風景の大型写真を食い入るように見つめていた。自分が幼かった頃、あるいは自分の先祖の時代に、貧しくはあったが誇りと自信に満ちていた、大地に生きるくらしを想っていたように見えた。日本の空気が、大きく変わりつつあることをそのとき実感した。
 いま何よりもまず、農の再生と農村の活性化を、国家的課題として早急に図らねばならない。それによって農に生きる自信と安心、そして誇りを取り戻す。日本の出生率も高まり、みな元気になる。家族の連携と愛情が、農には不可欠だからである。
 園芸ともいうべききめの細かさ、美意識を備える日本の農業がダメになれば、きめの細かさで世界に冠たる日本の工業もまた、ダメになるだろう。日本の工業技術を支えているのは、農業で培われた日本文化そのものであることを忘れてはならない。
 工業技術に限らず、日本の食と酒、祭り、山村の美しいたたずまい、漆器や焼き物その他の工芸品、芸術活動のすべてが、土に発し、自然との愛と共生のなかに磨き抜かれてきた。もう一度私達は農に立ち返り、五感を鋭くし、日本の文化力を高め、これを日本への観光とか日本外交の柱に据える必要がある。農に基づいた文化立国への道、さらには農型社会の創造こそ、私達が目指すべき第2の目標である。
 そして最後は、この第2目標と密接に結びついた「美しい日本の創造」である。戦後、機能性・経済性・効率性の名の下に欧米の技術を次々に導入し、山も川も海も、町も村も汚くしてしまった日本の国土を、全力を挙げて美しい日本に創造する。それは先祖に対する私達の義務である。昨年相次いだ自然災害の数々は、先祖の怒りではなかったろうか。
 まず手のつけやすい中山間地域や古都から、美しさの復元ないし創造を図る。海辺も忘れてはならない。それを日本の文化力の具体的な表現とし、観光立国とかサミット外交などにフル活用する。この「美しい日本の創造」こそ、日本が世界に生き残る、そして元気になるための究極の課題であるといえよう。


きむら・しょうさぶろう=30年生まれ。東京大学教授などを経て現職




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